プロフィール

ふじぜん 原ひとし昭和43年11月13日生まれ
呉服屋の後継ぎとして生まれ、親からしてみれば安心していたのだと思います。世間からは呉服屋のボンボンで羨ましがられる事が多かったのですが両親は忙しくて晩御飯を食べた記憶がほとんどなくお爺ちゃんに育てられたようなものだったのです。

両親は家業を継ぐものだと思っていたのだと思いますが、私は逆にこんな自営業の生活が嫌で後を継ぐことなんて思ってもいませんでした。自分も結婚して子供が産まれたら同じような生活はしたくなかったのです。でも高校の卒業が迫ってくると“自分の好きな事をすればいい”と言いながら親の期待を感じるようになってくる。

初めて真剣考える自分。ちょうどバブルの時代だったので就職は結構ありました。小さい時には寂しさはあったのですが普通より甘やかされて育てられたのも確かです。就職活動をしながら取引先の紹介で他の呉服店の見学に…。断る理由もなく自然とそのまま丁稚奉公となったのは忘れもしません。後から思えばみんなから期待と簡単に就職できたという私の甘えだったのでしょうね。

古いですがスポーツバック一つを持って岐阜県の柳ヶ瀬へ…。さすがに津市より繁華街。路面電車も走っているし人は多いし想像以上の場所でしたね。
修行に行った二日目には飛び込み営業開始!半月前まで学生だった私が営業なんて良くわかりませんよね。着物の知識はゼロ!喋り方も全くダメ!100%話は聞いてくれません。そんな日々が続き一ヶ月後にはノルマですよ。なんて言う業界なんだと思いましたが先輩に聞いてみると呉服屋の体質は古いので聞かなければ教えてくれない。見て覚えろ!なんですよ。正直、聞くことすら分かりませんでした。

4年も丁稚奉公をすると後輩もでき楽しくなってくるものです。着物の種類すら分からなかった私が生地質・染め・箔・刺繍などの施しや産地など覚えることができ県外へ奉公にだす事が理解できたのはその頃だったのです。必ず帰郷する丁稚奉公はお世話になった修業先からお客さんを実家のお客さんにしないこと。暗黙のルールだったのです。

丁稚も終え帰郷し田舎の小さい実家を継ぐこととなったのですが何かが違ったんです。帰れば突然、専務。取引先からは専務といわれ調子にのっていたのですが、自分の店の事を言うのも変なんですが自分のイメージしている呉服店とは程遠く親と喧嘩の毎日。少なからずお客さんには押し売りしているような感覚。何度も両親とは話し合いましたが父親とは意見が合わず仕事の拒否をしてしまいました。

四代目として期待されているのは分かっていたのですが、やりがいのないまま結婚。披露宴では新郎(私)より目立つ取引先の社長さんたち。派手な色の羽織袴で出席いただきました。みんなに祝福されもう一度スイッチを入れ直したのですが、やはり違う。家族会議を開いて自分のやりたい事をする為に親からの独立を決意!もう後戻りはできません。着物を販売する呉服店をやめこれまでに買っていただいた着物のクリーニングやお直しをする専門店として生まれかわりました。丁稚時代に勉強した事がやっと役に立つ。着物を作っている職人さんたちに協力していただき着物を知り尽くした技術で他店にはないお手入れ専門店として着物の事なら気軽に相談できる店になりました。

今となっては両親と自分の家族、修業先には感謝です。呉服店は何故か敷居が高い。当店は入りやすい、相談しやすい店を目指しお客様に喜んで頂けるように努力していきますので今後ともよろしくお願い致します。

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