デリケートな着物にとって「雨」による水濡れ・雨シミはとても大きなトラブルのひとつです。着物の雨濡れで対処を誤ってしまうと、大切な振袖や留袖・訪問着・小紋等が二度と着られなくなってしまうこともあります。
雨で着物が濡れた時の応急処置
着物は濡れてすぐの応急処置も大切です!ただし、着物の状態によってはすぐに応急処置をせず、乾くのを待った方が良いこともあります。雨で着物が濡れた時の応急処置について、詳しく見ていきましょう。
用意しておくもの
大きめのハンカチまたは手ぬぐい(2枚あると理想的)
※注意するポイント
- 柔らかい素材であること(ガーゼなど)
- 白または薄い色であること
古くて固くなっているタオル等はNGです。摩擦(まさつ:布同士でこすれあうこと)によって表面がスレを起こしたり、特殊加工にダメージを起こす可能性があります。また濃い色のハンカチや手ぬぐいは色移り(色落ち)の恐れがあるので、使わない方が良いです。
これらのハンカチ・手ぬぐい類は着物の袂や袖等に入れておき、万一の時にすぐに取り出せるようにしておきましょう。
着物の雨濡れの状態を確認
着物の雨濡れは思いも寄らないところまで飛んでいることもあります。体の前面だけでなく、ご友人やご家族に手伝ってもらって、後ろ側の状態もよく確認しましょう。
軽い雨濡れ
霧のような雨粒が軽く布の上に乗ったような状態です。繊維にほとんど水分が染み込んでいないため、速やかに応急処置をすれば被害がほとんど無く済ませられることもあります。
中程度の雨濡れ
雨の水滴が布地に染み込んでおり、その部分が色が変わったように見える状態です。着物の繊維の種類や程度によってはウォータースポット(水滴による雨シミ)になることがあります。被害範囲を小さくするために、軽く応急処置をしておきます。(できてしまった雨シミは当日中には対処ができません。強くこすったり叩いたりはNGです。)
重い雨濡れ
グッショリと着物が濡れてしまった、ハッキリと見てわかるほどに雨濡れをした、大量の雨粒が染み込んでいる…といった場合には、応急処置でできることは限られています。できるだけ水分を取ることは大切ですが、残念ながら当日中のリカバリーはできません。
「急いで乾かせば良いかも」とドライヤーやアイロンなどは絶対にNGです。雨シミによる色落ち・輪染み等が取れなくなってしまいます。ある程度まで応急処置をしたら、できるだけ早くクリーニング店等の専門店に持ち込みましょう。
泥ハネ(泥汚れ、水たまりによるハネ)
ごく小さな泥ハネの場合は、応急処置をせず、そのまま乾かした方が良いです。泥ハネをすぐに拭くと被害範囲が広がってしまいます。程度によってはご自宅でのお手入れで対処できることもあります。
広範囲に水の混じった泥汚れが付いて、グッショリ濡れている場合には、できるだけ静かに水分だけを取り、できるだけ早く専門店に相談しましょう。
着物の雨濡れの応急処置方法
- 袖部分等、中に手を入れられる箇所については、内側からもハンカチを当てておきます。
- ハンカチまたは手ぬぐいで、濡れた部分をトントンと軽く叩くようにしながら水分を吸い取っていきます。
- 常にハンカチの乾いている部分が当たるようにしながら、水分を吸い取る作業を続けます。強くこすったり叩いたりはしないように気をつけましょう。
※ゴシゴシ擦ると表面が白っぽくなる「スレ」が起き、元に戻らなくなります。絶対にやめましょう。
※着物の雨濡れによる「色の変色」「色にじみ」等が起きている場合、応急処置では対処ができません。無理に拭いたり叩いたりすると、かえって被害程度がひどくなりやすいです。
雨濡れした着物の正しいお手入れ
着物が雨に濡れてしまった場合には、できるだけ早く適切なお手入れをすることが大切です。雨濡れした着物の素材やトラブルの状態に合わせたお手入れ方法について解説します。
ウォッシャブル着物の場合
- ポリエステル着物
- ウォッシャブル加工着物(東レ「シルコット」等)
- 洗える木綿きもの 等
着物がご自宅での水洗いに対応している場合には、雨濡れした着物を全体的に手洗いした方が良いです。雨に含まれるホコリ等をすべて洗い流せる上、水濡れした箇所・していない箇所の違いによる輪ジミ等ができることも防げます。もちろん泥ハネも、洗える着物なら早めの手洗い等で対処可能です。
ご自宅で洗えるポリエステル着物や木綿きもののお手入れ方法については、当ブログで詳しく解説しておりますので、合わせてご参照ください。
軽い雨濡れの場合
- 小雨・霧雨程度の軽い雨だった
- 雨カバー等で対処はしていた
- 水ではっきりと濡れた部分(水滴の染み込み)は無い
家では洗えない正絹(シルク)やウールの着物でも、雨濡れの程度が軽い場合、雨シミ(水シミ)ができていない場合には、ご自宅でのお手入れだけで対処が済むこともあります。
※雨シミについては下の項目「雨シミ・水シミ・変色・色滲み等が起きている場合」で詳しく解説しています。水シミ、はっきりとした濡れ(水滴シミ)がある場合にはこの対処方法は行わず、下の項目を読んでください。
- 着物を専用ハンガーにかけて、明るい場所で全体をチェックします。雨シミ、水濡れによる変色、膨れ、色にじみ等が起きていないかよく確認しましょう。
- 湿気の気になる箇所があれば、乾いた手ぬぐいやハンカチ等で軽く叩いて表面の水分を取っておきます。
- 室内干しをして、繊維に含まれた水分を取り除いていきます。帰宅した当日は外が雨が続いているか湿度が高い状態ですので、室内干しの方が良いのです。エアコンのドライ機能や扇風機・サーキュレーター等を使って、室内の湿度も下げていきます。
- 室内干し(陰干し)の期間は、通常よりも長く2~3日程度行います。着物の日焼けを防ぐため、直射日光が差し込まない場所を選んでください。風通しがよく、乾いた状態を保つことが大切です。
- 取り込んで保管する前に、もう一度全体をよくチェックして、水シミができていないか確認しましょう。
軽い泥ハネの場合
- 裾に泥ハネが付いた
- 1センチ以下の小さい泥ハネ
- 着物の地色が濃く目立ちにくい
雨の日に付いた泥ハネは、程度が軽ければご自宅でお手入れできることも。乾かしてからの方が対処しやすいことが多いです。
- 上の「軽い雨濡れの場合」と同様に着物をよく乾かします。なお泥ハネ部分は拭かないこと!泥は水にも油にも溶けないので、拭くと汚れがどんどん広がってしまいます。
- 泥ハネが付いた部分を裏側からトントンと指で弾きます。繊維の奥に入ってしまった泥が出てくるようにしましょう。
- 着物専用ブラシ、または服専用ブラシで柔らかい毛質のもの(無い場合は馬毛歯ブラシ等でも代用可能)で泥ハネ部分を優しくブラッシングし、汚れを落としていきます。
※大きな泥汚れの場合にはこの方法では汚れを落としきれません。
※駐車場・車道等で起きた泥ハネの場合、汚れが自動車のオイルを含んでいるため、この方法だけでは落とすことができません。無理にブラッシングを続けると「スレ(表面の毛羽立ち)」が起きる恐れがあります。汚れが落とせない場合には、すみやかに専門店に相談しましょう。
雨シミ(水シミ)・変色・色滲み等が起きている場合
- 雨で濡れた部分だけ、乾いても色が変わったように見える
- 濡れた部分の柄・模様が滲んでいる
- 濡れた部分と乾いている部分の境目に線ができた(輪ジミ)
- 着物を雨や雪でグッショリと濡らしてしまった
上のような状態の着物は、残念ながらご自宅では対処ができません。できるだけ早く、着物の対処に強い和装クリーニング専門店または悉皆屋、もしくは購入先の呉服店などに相談をしましょう。
正絹(シルク)は雨シミができやすい
雨シミ(水シミ)とは、シルクの収縮によって起きる現象です。シルクはとても水に弱く、濡れるとすぐに縮んでしまいます。雨粒が染み込んで濡れた部分だけが収縮すると、その部分だけ光の屈折率が変わるため、その部分だけ汚れたり変色したように見えるのです。
ムリな自己対処は絶対NG!
雨濡れによる雨シミ、変色、色にじみ、収縮等が起きている場合、次のようなご家庭での対処には一切の効果がありません。
- 一般的なシミ抜き対策(洗剤の使用等)
- ベンジン、アルコール類等の使用
- ドライヤー、アイロン等での乾燥
「雨シミを直そう」とムリに自己判断でアイロンがけ等を行った結果、大切な振袖や留袖がダメになってしまい、後から専門店に持ち込まれても元に戻らない…というトラブルは残念ながら多く起きています。
着物を雨で濡らしトラブルが起きた場合には、とにかく「早くプロに依頼する」ことが大切なのです。
着物の雨濡れはクリーニングで解決する?
着物の雨濡れで雨シミ(水シミ)等のトラブルが起きてしまった場合には、どのようなお店に相談すればよいのでしょうか。
一般クリーニング店だと断られるかも?
洋服系の一般的なクリーニング店の場合、着物のクリーニングメニューは「カンタンな丸洗い、またはちょっとしたシミ抜きまで」というところが多いです。雨シミ、雨濡れトラブルありの着物となると、受付で断られてしまうケースも多々あります。
そもそも洋服系クリーニング店は、自分の店舗で着物に対処しているわけではなく、別の着物専門業者に着物を回してお任せていることがほとんど。そのため「難しいトラブル」は受付側で判断できず、「汚れが落とせない可能性が高い」とお断りしてしまうことが多いようです。
着物・和装を専門に扱うお店に相談を
雨濡れによる着物のトラブルについては、次のような着物・和装を専門に扱うお店に相談した方がスピーディに対処して貰えます。
- 着物専門のクリーニング店
- 悉皆屋
- 購入時の呉服屋
- 購入先の百貨店
なお購入店舗(呉服屋さんやデパート)でクリーニングやリペアを依頼する場合、専門業者(つまり着物専門クリーニング店)に回すための手数料やマージンや発生するので、クリーニング代が高くなる可能性は高いです。
できるだけリーズナブルに、コストを抑えて対策したいな…ということであれば、着物専門のクリーニング店や悉皆屋に直接依頼をした方が割安になりやすいですね。
「洗い張り」「染色補正」ができるか確認
着物の雨濡れによる雨シミや膨れ等ができた場合、専門店での対処法は程度によって異なります。濡れが酷い場合には「洗い張り(あらいはり)」という伝統的なリペア技法が必要となることもあります。これは一度着物をほどいて、反物の状態にまで戻すリペア方法です。
また色にじみ等が起きてしまった場合には、柄を書き直したり描き足したり染め直しを行う「染色補正」も必要です。
最近ではネット上で「着物専門のクリーニング店」が増えましたが、中には機械洗い(丸洗い)しかできないような簡易なお店もあるのが実情です。ざっくり言うと着物丸洗い(ドライクリーニング)一律5,000円!といった激安系のお店だと、ほぼ、上記の「洗い張り」や「染色補正」といった専門技術対応はできません。(雨シミのある着物をドライクリーニングだけされて、何もトラブルが解決しないまま返却されるような事例も多々あるわけです)
着物の雨濡れによるトラブルに適切に対処するためには、シミ抜きや染め直しに至るまで、様々な技術に適応したクリーニング店であることが必須です。
クリーニングの料金等だけでなく、公式サイト等をよく見たり、問い合わせサービス等を使って、そのお店ができる雨濡れへの対処法をよく確認しておくことをおすすめします。
おわりに
着物が雨濡れした場合の雨シミや泥汚れ等の対処は、専門店の対処でも「スピードが命!」と言えます。例えばですが、グッショリと濡れて完全に縮んでしまった絹がすっかり乾いて1ヶ月も経過した場合、それを「元に戻す」というのは、専門の職人さんでも難しいわけですね。
着物クリーニング店として本音を言ってしまえば、雨濡れした正絹の着物は「雨に濡れた状態のままで良いから、とにかく早く店まで持ってきてもらう」というのが一番理想的なのです。「これが水シミなのかわからない」「家で乾かした方が良いのか、このままだとシミになりそうなのか」と迷ったら、早めにお店に相談するのが最も安心・安全と言えます。
当店でも雨濡れした着物のトラブルについて、ご相談を受け付けています。お電話(フリーダイヤル)もありますし、電話がニガテな方には無料のメール問い合わせもあるので、お気軽にご利用ください!