着物につくシミや汚れには様々なものがありますが、中でも対処が難しいと言われるのが「不溶性のシミ」です。不溶性のシミには、例えばお習字の時に使う墨汁や、裾につく泥ハネなども挙げられます。さてこのような不溶性シミ、シミ抜きなどの対処法はどうしたら良いのでしょうか?
目次
着物の不溶性シミとは?1分でわかる概要
まずは着物の不溶性シミ、不溶性汚れとはどんなものなのか、ざっくりと解説していきますね。「不溶性」とはその名の通り、水や油に溶けない性質の汚れのことを意味しています。
普段の洋服のお洗濯で考えてみましょう。例えば「水溶性」のお酒の汚れは、その名前のとおりに水で溶けます。だから水を使って洗えば、大体取れるわけですよね。メイクアップのためのファンデーションは油溶性の製品が多いです。そのためベンジンなどの石油系の溶剤を使えば、溶けて落ちてくれるわけです。ところが不溶性のシミは、水にも油にも溶けてはくれません。
- 水溶性汚れ → 水で溶かし落とすことができる
- 油溶性汚れ → 油(油系溶剤)で溶かし落とすことができる
- 不溶性汚れ → 水でも油でも溶かすことができない
なんで水にも油にも溶けないか?というと、この汚れの元は「鉱物」なんですよね。とっても噛み砕いていえば「岩」とか「石」が鉱物です。
人間はこれらを細かく砂のようにしたり、ペースト状にしたりして、日常生活のさまざまなものに使っています。例えば絵の具も元々は鉱石を砕いたものなんですよ。鉱物系を原料にした製品はとても便利なものではあるのですが、一度シミになると「溶けない」という性質が厄介になってくる…というわけです。
炭や泥にボールペンも?不溶性シミの種類
では実際に、着物につく不溶性シミにはどんな種類があるのかを見ていきましょう。
泥ハネ
着物の不溶性シミの代表格とも言えるのが「泥ハネ」です。雨が降っている日やその翌日などに着物を着てお出かけすると、水たまりや濡れた道路に遭遇しがち。この雨溜まりには、たくさんの砂や泥が混じっています。気をつけていても裾や膝裏の方側に水をハネさせてしまい、泥が混じった「泥はね」を作ってしまうのです。
泥の元となっているのは、岩石やアスファルト等が砕かれてできたごく微小な「砂粒」。これはもちろん水にも油にも溶けませんから、物理的に取り除いていくしか対処法がありません。
墨・墨汁のシミ
着物に付く不溶性シミのもうひとつの代表格が「墨」と「墨汁」です。着物をお召しになる催事には、筆でお名前を書くシーンも多いですね。また、書き初め等のイベントや、お習字や水墨画等の手習いを着物でなさる方もいらっしゃることでしょう。着物に限らず、つい服に墨をハネさせてシミ抜きに困った経験がある方も多いのではないでしょうか。
墨や墨汁の黒い色の元になっているのは「炭素」であり、これも水や油に溶けない物質です。さらに墨はこれを膠で固めるので粘着力が強く、これが「墨のシミは落ちにくい」という問題の原因にもなっています。
絵の具のシミ
絵具には様々な種類がありますし、色によっても原料は異なります。ただ種類によっては元が顔料(岩や鉱石を元にしたもの)があり、この手のシミも溶剤ではなかなか落ちません。もしも絵具のシミが着物に付いてしまった場合には、できれば「付いた絵具の現物」がわかると良いです。
ペンキのシミ
ペンキの汚れも不要性シミの一種です。ペンキ作業を着物で行う人はほとんど居ないでしょうが、外出先で袖の先などにペンキ汚れを付けてしまった…といったケースは意外とあります。これも落ちにくい汚れのひとつです。
サビによる汚れ
もうひとつ、外出先で意外と付く不溶性の着物の汚れが「サビ」によるものです。昔の階段の手摺り、古い建物の建具等が金属製だったりすると、そこにはサビが浮いていることも。このような部分と着物が擦れあってしまうと、サビ汚れが付いてしまうんですね。
サビは学校で習ったとおり、酸素と鉄が化合してできた「酸化鉄」という金属の一種です。ですからもちろん水にも溶けないですし、溶剤にも溶けません。オレンジっぽい汚れがなかなか落ちない…ということになります。
ゲルインクボールペンのシミ
最近増えている着物の不溶性シミが、ゲルインクボールペンによるものです。ちなみにボールペンのシミすべてが不要性というわけではありません。インクの種類によっては水溶性であったり、溶剤で落ちる油溶性ということもあります。
しかしインクに顔料(鉱石を元にした絵具のようなものです)が使われている場合、その汚れは不要性ということになります。石油系溶剤だけでは汚れが落ちきらず広がってしまうので、これも対処が難しいシミなのです。
マスカラやアイライナーの汚れ
お化粧品の中でも、不溶性のシミになるものがあります。ジェルライナータイプや筆ペンタイプのアイライナーの一種、マスカラの中にも、顔料を元にしているものが意外とあるのです。
マスカラやアイラインは、墨汁と同じような存在だと考えた方が良いでしょう。着物でアイメイクを直す時には、万が一にも着物に飛ばすことがないように十分すぎるほどの配慮が必要なんです。
着物に付いた不溶性シミの対処法は?
着物に付いた不溶性シミにも様々なものがありますが、ご家庭で対処できるシミはかなり限定されます。ここではご家庭である程度は対処できる「泥ハネ」について解説します。
着物に付いた泥ハネ対処法(軽症の場合)
着物の泥ハネ応急処置
泥はねが付いた時、つい「早く落としたい」と思ってしまう方が多いことでしょう。でも泥ハネの応急処置は「触らない」が一番の正解です!拭けば拭くほど汚れが広がりますから、できるだけ触らないようにしてください。
とても水分が多い場合のみ、ハンカチやティッシュペーパー等でごく軽く抑えて水分を吸い取ります。この場合もギュッと強く抑えたり、叩いたりするのはNG。泥に含まれる砂が、繊維の中にどんどん押し込まれてしまうからです。
着物の泥ハネはよく乾かそう
着物に泥はねが付いてしまったら、帰宅後に専用ハンガーにかけて空気にさらし、まずはよく乾かしましょう。泥ハネは「水と砂」で構成されており、濡れている状態だと砂がピッタリと繊維に付着して落ちきらないのです。
泥ハネは「後ろから落とす」が正解
泥はね部分が十分に乾いたら、布の後側からトントンと指で弾くように叩いていきます。砂がポロポロと落ちていけばOK。表側から擦ったりブラシを使ったりすると、砂が繊維にどんどん押し込まれてしまうので逆効果です。
※この対処法が効果的なのは、1ヶ所あたり直径2mm程度の小さな泥はね・シミまでです。大きなシミになるほど泥(砂)の含有量が増えるため、シミを取り除けなくなります。(無理に砂を取ろうとすると布を傷つけてしまいますので絶対にやめましょう)
※車道の通行中に起きた泥ハネだと、シミにオイル系の汚れが含まれていることがあります。この場合はご自宅では汚れが取り除けません。
※後ろから叩いても汚れが落ちない場合には、すみやかに専門店へシミ抜きを依頼しましょう。
着物についた泥ハネ(洗える着物の場合)
ウォッシャブル加工のシルコットやウォッシャブルウール等の着物の場合には、泥ハネは水洗いをすることで、ある程度お手入れできます。
この場合も、まずは十分に乾かして砂を落としてから洗濯しましょう。お洗濯には中性タイプの液体洗剤を使います。全体のお洗濯をする前に、部分的に手洗いをするのが理想的。このときも「表側からこするように洗う」のではなく、「裏から叩くようにして砂を出す」を意識すると、汚れが落ちやすいですよ。
※ガソリン汚れ等が泥ハネに含まれている場合だと、ご家庭では泥ハネが落ちきらない場合があります。この場合には早めに専門店でシミ抜きします。
着物の不溶性汚れを家でシミ抜きできない3つの理由
着物の不溶性汚れの対処法として軽症の泥ハネについてを挙げましたが、基本的に家で対処できる不溶性汚れはこれだけです。「これだけ!?」「家でシミ抜きできないの?」と驚いた人も多いかもしれませんね。
「着物の不溶性汚れは家でシミ抜きできない」というと「クリーニング屋が儲かるように嘘を言っている」「ネットではシミ抜き方法が紹介されているのに…」と思う人も居ることでしょう。しかし、これはけして当店が儲かりたくて言っているのではありません。
着物の不溶性汚れをムリにご家庭でシミ抜きすると、汚れが落ちないだけでなく、着物自体がダメになってしまう可能性が高いのです。
1.汚れが落ちずに広がっていく
着物の不溶性シミ汚れは、上でも解説したとおり、水にも溶けないし石油系の溶剤にも溶けません。例えばご家庭でシミ抜きしようとベンジン(揮発油)等を使っても、汚れの元は落ちずにどんどん広がっていくばかりです。
輪ジミになってしまったり、シミの被害が大きくなったり、良いことがありません。ちなみにクリーニング屋での着物のシミ抜き料金は「シミの大きさ」で決まるります。自己処理で汚れを拡大すると、後から持ち込んだ時のシミ抜き料金がムダに高くなってしまうのです。
2.布地が傷んで毛羽立つ
着物の不溶性汚れは、とてもガンコで取れにくいシミです。この汚れを剥がそうとムリに叩いたり擦ったりを繰り返すと、何が起こるでしょうか?…着物の布地が摩擦等に耐えられず、「スレ」が起こります。
スレとは着物の布地表面の色が白っぽくなったり、うっすらと毛羽立つ現象のことを言います。普通に着ているだけでスレが起こることは(お出かけ用の着物では)滅多にありません。しかし自己流のシミ抜きをやった場合だと、かなり高い確率で起こります。
スレでダメージが起きた部分は、専門店でも完全に元に戻すことが難しいです。たくさんお金をかけて染色補正やかけはぎ・かけつぎ等の専門的なリペアを繰り返しても、着物を戻せない…そんなリスクが高いのです。
3.地色が抜けたり変色する
近年増えている着物のトラブルとして、ネット情報を参照した自己流のシミ抜きによって地色の変色や色抜け、別のシミの発生等が起こっているパターンが挙げられます。例えばシミ抜きとしてアルコール等を使った結果、染料を変色させてしまった…こんなトラブルが珍しくなくなっているのです。
着物の繊維や染料はとてもデリケートで、ちょっとの作用で変色や収縮を起こしてしまうことが珍しくありません。変質した着物は元に戻せないことも。また、変色をカバーするために本格的な染色補正等が必要になってしまうケースもあります。
着物に不溶性シミを付けたら?専門店の3つの対処法
着物に不溶性の汚れ・シミを付けたら、できるだけ早く着物を専門に扱うクリーニング店やお直しのお店に相談するのが一番です。着物に強い専門店であれば、次のような方法で着物の不溶性シミに対処ができます。
1.シミ抜きで対処
シミの種類(原因)や状態によっては、部分的な洗浄である「シミ抜き」で不溶性シミを落とせることもあります。専門店でのシミ抜きは、シミ抜き専門の職人さんが手作業で行います。原因に合わせた溶剤を選び、ピンポイントで汚れを落としていくのです。
とは言えシミ抜きの成功確率を上げるには、できるだけ早く相談することが大切です!時間をおかず、早めにお店に相談をしましょう。
2.洗い張りで対処
泥汚れ等でシミの範囲が広かったり、落とすのが難しいシミの種類だったり…こんな場合には、「洗い張り」のような、より本格的な洗浄が必要となることも多いです。洗い張りとは、一度着物をほどいて反物の状態に戻し、水と水性の溶剤等を使って徹底的に洗っていく方法のことを言います。
絹等の着物は通常水洗いすると縮んでしまいますが、この方法だと「洗ってからもう一度張り直す」という手段を取るので、収縮を上手に元に戻してくれます。コストはかかるものの、シミ部分だけでなく、着物全体が新品のように艶を取り戻すという点も魅力です。
3.染色補正で対処
不溶性シミの場合、シミ抜きや洗い張り等で対処をしても、どうしてもシミを完全には取り除けないケースもあります。それ以上の漂白や洗浄を行うと着物にダメージがかかってしまう…こうなっては、シミ抜き職人もお手上げです。しかし着物のリペア専門店では、ここでさらなる対処法があります。「染色補正」という方法です。
染色補正とは、着物を染め直したり、柄を描き足したりすることを言います。例えば「色掛け」をして地色を濃いめの色にすれば、全体に付いてしまったシミも自然にカバーできます。また不溶性シミでうっすら残ってしまった部分に従来の柄と近い模様を描き足せば、自然にシミをカバーできるというわけです。
なお「着物専門のクリーニング」と謳っていても、お店によっては「手作業でのシミ抜き」「洗い張り」「染色補正」等ができないところもあるので要注意です!こういうお店だと不溶性シミは最初から「ムリですね」とお断りされてしまうことも珍しくありません。きちんと様々な方法を提案できる着物クリーニング店を選ぶことが大切ですよ。
おわりに
着物のシミの中でも、不要性汚れは本当に対処が難しいです。不溶性汚れを付けてしまったら、とにかくできるだけ早く信頼できるお店に相談することが一番と言えます。また、シミの原因となった絵具やお化粧品、ボールペン等の現物があれば、それを添えて相談するのもいいですね。
当店『着物ふじぜん』は、着物クリーニングやシミ抜き、染色補正等、様々な着物のお手入れの専門店です。宅配便での対応も行っています。不溶性汚れのシミ対策にお困りで近くにお店が無い時には、ぜひお気軽にご相談くださいませ!