着物の汗抜き(汗取り)というお手入れ方法を知っていますか?汗抜きは着物をキレイに長持ちさせるために、欠かすことのできないお手入れ方法なんです。汗抜きは着物クリーニング店等で本格的に行うこともできますが、普段のお手入れなら自宅で汗抜きすることもできます。
目次
着物の汗抜きとは?どんな場面で使う?
着物の汗抜き(あせぬき)とは、着物を着用した後のお手入れの方法のひとつです。着物の布地(繊維)に付着した汗の汚れをできるだけ取り去り、サッパリとさせます。地方によっては「着物の汗取り(あせとり)」と呼ぶこともありますが、どちらでも正解です。
着物の汗抜き(汗取り)は、毎回必ず行わなくてはいけない!というわけではありません。以下のような時に、アフターケアとして汗抜きを行います。
夏に着物を着た後
まずは夏場に着物を着た場合です。着物は洋服に比べて帯周辺の風が通りにくいので、暑い時期には背中等に汗をかきやすくなります。たくさん汗をかくと長襦袢だけでなく、着物にも汗の汚れが広がってしまうのです。
どの気温からを「夏」とするかは微妙なところですが、おおむね24℃~25℃前後を目安とすると良いでしょう。もちろんドア・トゥー・ドアですぐに冷房の効いた場所に入るような場合には、汗をほとんどかかないこともあります。その日の日程も考慮しましょう。
暖房の効いた場所に居た後
冬場であっても、暖房の効いた場所に長く居ると着物の中が汗ばんでいるケースが多いです。特にホテルや宴会場で行われる式典等では、冬場に袖なしや薄いワンピースを着る方も多いことから、暖房が強くかけられています。「なんだか暑いな」と感じたら、汗抜きをした方が良いでしょう。
たくさん歩いたり動いた後
同じ気温であっても、その日の運動量によって汗をかく量は変わってきます。すべてタクシーや自家用車で移動するのであれば汗はほとんどかきませんが、着物で公共機関をお使いになる場合や、長く徒歩で移動する場合には知らず知らず汗をかいていることが多いものです。
食事したりお酒を飲んだ後
一般的な食事をした場合でも、人間の体温は0.3℃程度上昇します。これが更に「鍋」「煮込み料理」等の暖かな献立や、体を温める作用のある野菜・香辛料等が使われている料理だと、さらに激しい体温上昇や発汗が起きます。
またお酒を飲んだ場合も同様です。アルコールは体温を一時的に急上昇させる上に、発汗作用も含まれています。飲酒後には体温が急激に下がるため「汗をかいた」という記憶が無い方も多いのですが、実は着物には多くの汗汚れが付いた状態なのです。
着物に汗抜きが必要な4つの理由
着物のお手入れの基本は「陰干し」ですが、上のような場面で着物を着た時には「汗抜き」も必要となります。なぜ自宅で汗抜きのお手入れをする必要があるのでしょうか。
1.嫌なニオイの予防
衣類のニオイを「汗臭い(あせくさい)」等と言いますが、実は汗自体にはほとんどニオイは無いと言われています。ただ問題なのは、汗の付着によって「菌(雑菌)」が繁殖してしまうという点です。
皮脂と混ざりあった汗が着物に付着すると、菌がそれらを餌として酸化・分解し、さらに繁殖していきます。この過程において、いわゆる「汗臭い」イヤなニオイが発生してしまうのです。
自宅での汗取りで丁寧に汗汚れを取っておけば、着物が汗臭い!嫌なニオイがする!となるリスクを減らしていけます。
2.カビの予防
雑菌の繁殖以外に怖いのが「カビ菌」の繁殖です。カビ菌は湿って汚れた場所が大好き。汗汚れ等をそのままに着物を保管していると、カビ菌の温床になってしまいます。
一度カビが生えてしまうと、専門店でカビ取りをするまではカビ菌の除去はできません。酷い場合にはカビによるシミや変色ができてしまうことも。そうならないためには定期的に着物に風を通すのに加えて、着物を自宅でしっかり汗取りしておくことが大切なのです。
3.変色(黄変)の予防
最も重要とも言えるのが「黄変(おうへん)」という変色の予防です。着物に付いた汗汚れは、時間が経つと少しずつ酸素と結びついて着物の布地を変色させていきます。
黄変は最初は薄い黄ばみから始まり、時間が経つごとにオレンジ色、薄茶色、そして焦茶色へと色が濃くなっていきます。こうなると、一般的な染み抜きでは着物を元に戻せません。また最終的には布地自体を脆くさせてしまうという、着物にとって甚大なトラブルなのです。
4.洗濯による劣化の予防
着物の種類によっては、ご自宅での水洗いができる製品もありますね。ただ、毎回着物を水洗いすると色落ち等の劣化が進みやすい…ということも。普段は汗抜きでのお手入れで済ませ、水洗いの頻度を下げることで、着物のダメージを減らすことにも繋がります。
着物を自宅で汗抜きする方法
では実際に着物を自宅で汗抜きする方法を見ていきましょう。
【準備するもの】
- タオル2~3枚:色は白か薄い色、柔らかいタオルを選びます。
- バスタオル:こちらも白色か薄い色のものを選びます。
- 着物用ハンガー:和装専用ハンガーだと型崩れを防止できます。
※必ず下の「着物の汗抜きに失敗!?注意するポイント」も読んでから作業を行いましょう。汗抜きに失敗した場合、専門店でも着物を元に戻せなくなる可能性があります。
1.着物を広げる
床やテーブル等にバスタオルを敷きます。その上に着物を広げます。着物は汗汚れが付きやすい裏を上にしておきましょう。
2.タオルを濡らして絞る
タオル1枚をぬるま湯(35℃前後)で濡らしてから、固く絞ります。ギュッとしっかり、強く絞るようにしましょう。
3.汗汚れ部分を叩く
絞ったタオルで、汗汚れが付いた部分をポンポンと軽く叩いていきます。ゴシゴシとこすったり、強く叩くのはNG。着物に摩擦等の強い力が加わらないように気をつけましょう。
常にタオルの「新しく、きれいな部分」が着物に当たるように、少しずつタオルを動かしながら作業します。作業が進んだら「タオルを濡らす→ 絞る → 叩く」を繰り返します。
4.乾いたタオルで叩く
仕上げに、乾いたタオルでもう一度、汗取りをした場所を軽く叩いていきます。こうすることで余分な水分をできるだけ取り、水シミができるのを防ぎます。
5.よく乾燥させる
着物を和装専用のハンガーにかけて、直射日光の当たらない、風通しの良い場所でしっかりと自然乾燥させます。室内の場合、エアコンや除湿機等で湿度を下げましょう。扇風機等の弱風を当てるのもOKです。
着物の汗抜きに失敗!?注意するポイント
自宅で行う着物の汗抜きは、上記のとおり、基本的にはシンプルな工程です。しかし「自宅での着物の汗抜きに失敗してしまった」という事例は少なくありません。どのような点に気をつけるべきなのでしょうか。
着物の汗抜きに失敗すると、着物が次のような状態になってしまうことがあります。
①水シミができる
正絹(シルク)等の水に極端に弱い生地は、濡れた部分だけが激しく収縮してしまいます。するとその部分だけが光の屈折率が変わり、乾いた後にもシミのように見える「水シミ」ができてしまうのです。
②滲みができる
染料の定着率が弱い繊維の場合、濡れ方が激しいと色落ちや色滲み(にじみ)が起きる可能性があります。
③スレができる
スレとは、着物の表面が白っぽく毛羽立ってしまう現象のことを言います。激しいスレができてしまうと、専門店でも着物を元に戻すことができません。
このような汗抜き作業による失敗を減らすために、次の点によく注意して作業を行いましょう。
タオルを濡らしすぎない
タオルは必ず固くギュッと絞りましょう。ビショビショに濡れていたり、水滴が着物の布地に垂れるような状態は絶対にNGです。
霧吹きで水をかけない
霧吹きで水をかけて汗抜きのお手入れをする方が居ますが、これは水に強い着物の場合です。着物の素材や染色によっては、この方法で水をかけただけで「水シミ」や「輪ジミ」になってしまうケースが見られます。霧吹き使用は避けた方が無難です。
強く汚れを落とそうとしない
着物をタオルで強く叩いたり、ゴシゴシとこすったりするのはNGです。摩擦のちからが強くかかるほど、表面の「スレ」が起きやすくなります。あくまでも軽くトントンと叩くようにしましょう。
特殊加工は汗抜きしない
汗抜きができるのは、原則として着物の地の部分です。次のような特殊加工がある部分は「水濡れによる縮み」「色落ち」「滲み」「変色」「加工の剥がれ」等が起きるリスクが非常に高いため、汗抜きのお手入れはできません。
- 刺繍(ししゅう)がある部分
- スパンコール・ビーズ等の縫い付けがある部分
- 金箔・銀箔等の箔押し加工がある部分
- レース、ナイロン加工等の特殊な布地の場合
自宅は×?こんな時は「プロの汗抜きクリーニング」
着物の汗汚れの程度、汗ジミの状態によっては、自宅での汗抜きでは汚れが取り切れないことがあります。
「キチンとお手入れしたつもりだったのに、カビやニオイ、変色等のトラブルが起きてしまった…」こんな結果にならないように、状態に合わせて、専門店による「プロの汗抜き」も使っていきましょう。
【専門店での汗抜きとは?】
着物にダメージの少ない特殊な洗浄液を吹き付けて、着物に付いた汗汚れを少しずつ取り除いていくクリーニングの方法です。着物クリーニング専門の職人が、手作業で汚れを除去していきます。
着物を脱いだ時に汗で濡れていた
着物を脱いだ時に、着物が汗でビッショリと湿っていた、濡れたような感覚があった…このような激しい汗濡れについては、自宅での汗抜きだけでは汚れが取り切れない可能性が高いです。
汗汚れの範囲が広い
汗汚れが特に付きやすいのは、背中の中心やワキ周辺等が一般的です。しかし汗の書き方が激しいと背中全体や、お尻、膝の裏、肘まわり等にも汗汚れが付いていることがあります。
汗汚れは乾くと見えなくなってしまうため、自宅でのお手入れでは汚れの取り残しが起きやすいです。あちこちに汗をかいたという場合にも、プロのお手入れを選んだ方が安心です。
着てから時間が経ってしまった
自宅での着物の汗抜きで対策ができるのは、着用した当日または翌日程度までが限度です。着用してから数日が経過すると汚れが定着してしまうため、自宅でのお手入れだけでは汗汚れが取りきれません。
これから何年も保管しそう
頻繁に着る着物より、長くしまったままになっている着物の方が黄変等のトラブルに気づきにくいものです。礼装用の留袖・振袖等、「これから着る機会が年単位で無さそう」という時には、プロの汗抜きクリーニングでしっかりと汚れを落としておいた方が安心です。
汗シミ等の症状が起きている
【汗汚れによるトラブル症状例】
- 輪ジミができている
- 黄ばみができている
- あせくさいニオイがする 等
汗汚れによると思われる「シミ」「カビ」「変色」等のトラブルが目に見える形になっている場合、残念ながらご自宅では一切の対処ができません。できるだけ早く着物に強い専門のクリーニング店または悉皆屋等に相談しましょう。
汗抜きクリーニングはどこでできる?
プロによる着物の汗抜きクリーニングは、どのようなお店でできるのでしょうか。
着物を専門に扱うクリーニング店が理想的
「近所の洋服用クリーニング店でも着物を受け付けてくれる」という人は多いことでしょう。しかしそのお店で「汗抜き」はあるでしょうか?
一般的な着物クリーニングである「着物丸洗い(丸洗いクリーニング)」だけでは、着物の汗汚れは落ちません。丸洗いとは石油溶剤を使ったドライクリーニングであり、油溶性の汚れは落とせるものの、汗のような水溶性汚れを落とすのはニガテだからです。
また洋服向けの「ウェットクリーニング」は、着物には使えません。着物の汗汚れを取るには「汗抜き」をするか「洗い張り」という特殊な洗濯方法をするしかありません。このような洗浄ができるのは、着物を専門的に扱うクリーニング店や悉皆屋だけです。
職人が居るお店を選ぶことが大切
最近では「着物専門クリーニング」という名前を付けておきながら、実際には機械で洗うだけ…というようなお店も増えているようです。料金が激安系のお店だと特に、メニューが「丸洗い」のみで、染み抜きも汗抜きもできない店舗が目立ちます。
着物の汗抜き・汗取りを行いたいという場合には、キチンと職人さんが所属していて、カビ取りや汗抜き、染み抜き等、様々な汚れに対処ができるお店を選びましょう。
着物クリーニングのお店のホームページ・公式サイトを見た時に、メニュー表等をしっかりチェックして、対処できるメニューの多さ等を参考にしておくのがおすすめですよ。
おわりに
着物の汗抜きをキチンと自宅で行うようにすると、着物の変色やカビ等のリスクが下がります。着物を着て帰宅すると疲れて休みたくなってしまうものですが、グッとこらえて早めに「汗抜き」のお手入れをする習慣をつけておきたいものですね。
当店「着物ふじぜん」では、汗抜きクリーニングの他、汗汚れによるカビ、シミ等の様々なトラブルのご相談を受け付けています。「自分では汗抜きのお手入れが不安」「激しく汗濡れさせたのでプロに依頼したい」という時には、ぜひお気軽にご相談ください!