五つ紋の黒喪服--いわゆる「喪服着物」は、かつては「お嫁入り道具」として必ず準備される存在でした。着物を着る機会が少なくなった現代においても「娘が結婚するのであれば、喪服だけでも用意したい」と考える方は多いようです。登場する機会がお祝い向けの着物に比べて少ないにも関わらず、喪服着物は「ミセスが必ず持っておいた方が良いもの」であり続けているのですね。
着物レンタルが盛んになっている現代で、なぜ「喪服着物」の所持はそこまで重要視されるのでしょうか?ここでは喪服のレンタルが避けられる理由や、手軽に喪服を準備するための方法についてご紹介していきます。
目次
喪服着物をレンタルする人が少ない理由
お祝い事に着る着物に比べて、喪服着物はレンタルが避けられる傾向にあります。まずはその理由について解説していきましょう。
「他者の葬儀」を持ち込むことが嫌がられる
振袖、留袖、色留袖…このような「慶事」のために着る着物については、例えそれが「他の誰か」が着た着物であっても、「善いこと」のために使われたお目出度いものなのでそこまで違和感を持たれることはありません。しかし喪服の場合、「誰か知らない他人の葬儀に使われたものである」という点が好まれない傾向にあります。また「家族・親類以外の不幸を更に持ち込む」といった意味合いでレンタルが避けられることも多いようです。
このような忌避感については、人によって受け取る度合いが異なります。「自分自身では全く気にならない」「自分の両親や祖父母・親類は気にしない」という場合でも、嫁ぎ先の祖父母や親類縁者の中に気にされる方が居れば、その方はレンタル着物を見てイヤな思いをされることでしょう。「誰かを不快な思いにさせる」ということを避けるためにも、ご自身で喪服を持っておいた方が無難…というわけです。「嫁ぎ先で新婦となる人が肩身の狭い思いをしないように」「嫁ぎ先で誰かを不快に思わせることが無いように」--嫁入り道具に「喪服」が加えられるのには、このような理由があります。
「家紋」でレンタルであることがわかる
「レンタルが嫌われることはわかったけれど、借り物と自分のモノの違いなんて、見ただけではわからないのでは?」と思われる人も多いはず。確かに振袖や訪問着といった着物であれば、着物だけを見て「貸衣装か、自分の衣装か」と見分けられる人はほとんど居ません。
ところが喪服の場合には、見る人が見ればすぐに「レンタル」とわかる印があります。
それが「家紋」です。
品格の高い着物である「喪服」には、両胸・袖・背中の五つに「家紋」が入っています。この「家紋」とは格家で異なるマークで、どの家に所属をしているか、どの家の出身であるかを示すためのものです。喪服の場合には実家の御紋(女紋)を入れるか、もしくは嫁ぎ先の家紋を入れることになります。
でもレンタルの場合、何百とある家紋をひとつひとつ用意することはできませんよね。そのため貸衣装では「五三の桐」という通紋(どの家でも使って良い一般的な紋)を入れています。レンタカーの「わ」ナンバーと同じで、「五三の桐」が入っていれば「借り物」であることが一目瞭然なのです。
ご高齢の方やお着物に親しまれている方が葬儀に出席されていれば、「あれは借り物だ」と即座にわかることになります。「貸衣装で済ませている」という印象を持たれないためにも、お嫁に行く方ご自身の「喪服着物」を持っていた方が安心というわけです。
眠っている喪服を「お嫁入り道具」にしてみませんか?
「お嫁入り道具に喪服着物は必須」--そうはわかっていても、お着物を新しく誂えるのは大変なものですよね。冬用・夏用の喪服を仕立てれば、安く見積もっても50万円程度はかかってしまうでしょう。新しいお着物を誂えるのは素敵なものではありますが、予算の関係で「お嫁入り道具」を諦めてしまうのはとてももったいないこと。もっと手軽にお嫁入り道具を準備してみてはいかがでしょうか?
近年ではよりリーズナブルに「お嫁入り道具」を準備するために、タンスで眠っているお祖母様やお母様の喪服を「お直し」する方法の人気が上がっています。「もう着られない」そう思っていた喪服でも、必要な部分だけ直せば、新たに誂えるよりグッと手軽に喪服の準備ができるのです。
お嫁入り道具にするための「喪服のお直し」とは?
家紋を入れ替える
お祖母様・お母様のご実家の紋が入っている喪服について「家紋が違うから着られない」と思っている方も多いことでしょう。しかし家紋は専門業者に依頼すれば「紋の入れ替え(染め替え)」をすることができます。今の家の家紋に入れ替えれば、「新品の喪服」としてお嫁入り道具にできるわけですね。
【喪服の家紋について】
結婚前に「お嫁入り道具」として喪服の準備をされる場合、家紋は「実家の紋」を入れる地域が多い傾向です。これは「実家が着物の準備をした」という証であり、また「実家の先祖を大切にして嫁いできた」という気持ちの現れであるともされています。ただし地域によっては嫁ぎ先で喪服の準備をし、嫁ぎ先の家紋を入れるケースもあります。お嫁に入る方の喪服についての考え方・ルールは地域によっても異なりますので、ご心配な場合にはお嫁ぎ先にも確認をしておくと良いでしょう。
サイズを直す
以前に着用されていた方とお嬢様の身長差が5センチ程度であれば、着付けの微調整でほとんど問題なく着ることができますから、お着物のサイズ直しをする必要はありません。
またお嬢様が小柄でお母様よりも5センチ以上身長が低いという場合でも、ほとんどの場合には「おはしょり」で調整が可能です。袖丈のバランスのみお直しをされても良いでしょう。
なお、お嬢様の身長が以前に着用されていた方より5センチ以上高いという場合には、裄丈・身丈のサイズ直しが必要になります。洋服とは異なり、着物では「縫込み」の部分を引き出して仕立て直せば、短い着物を長く直すことが可能です。「着物が小さいから無理」と思われていた方は、ぜひ専門店にサイズ直しを相談してみましょう。
胴裏(裏地)を交換する
裏地はシミが目立ちやすい箇所です。長期保管で裏地(胴裏)にシミができている場合には、裏地のみを新品に交換しておくことをおすすめします。
「しつけ」を付け直す
仕立てられたばかりの新しい着物には、裾や袖にごく細い糸で大きな縫い目の「躾糸(しつけ糸)」が付いています。これは元々着物を仕立てるときの仮押さえのために施されるものですが、着物の型崩れを防ぐという意味もあるため、新品の際には「しつけを付けたまま」で呉服店が購入された方にお渡しをするのです。新品の着物に初めて袖を通す時に、しつけ糸を外すわけですね。
一度着た喪服ではこの「しつけ」が外されていますから、「新たな服」としてお渡しをするためにはもう一度しつけを付け直します。
クリーニングをする
長期保管をしていた着物には、独特の匂いが付いてしまっているものです。和装専門のクリーニング店に依頼をすれば、気になる匂いにもしっかりと消臭してくれます。
喪服クリーニングサービス
文庫紙を交換する
せっかくお着物を新品同様に直されのですから、その着物を包む文庫紙も新しくしておきたいもの。まっさらな文庫紙に包んで、お嫁にゆく方の大切な「お嫁入り道具」にしましょう。
おわりに
嫁いだばかりの新婦さんにとって、嫁ぎ先では気を遣うことも多いものです。特に冠婚葬祭といった式事においては、不安な気持ちを持たれた経験が嫁がれた方の誰もにあるのではないでしょうか?親御様が準備をしてくれた喪服をきちんと持ってきていることで、不安な気持ちが安らいだという方も少なくありません。お嫁にゆく娘の不安を少しでも和らげたい、安心してお嫁に行って欲しい--「喪服着物」がお嫁入り道具として現代も存在感を放つ理由には、そんな「嫁ぐ娘を思う親心」も影響をしているのかもしれませんね。