正絹着物という言葉、聞いたことがありますか? 正絹(しょうけん)とは、絹100%でできた着物のことです。
振袖や留袖・訪問着等のフォーマル着物は、このような絹100%の着物であることが多いですね。さてこの正絹着物(絹の着物)、自分でシミ抜きってできるのでしょうか?
目次
絹の着物は「ベンジン」でシミ抜き
絹はとても水濡れに弱い性質を持っています。絹の着物は水濡れによる収縮率が高くて、ちょっと濡らしただけでも縮んでしまうのです。
絹の着物にポタンと水を垂らしただけでも、その部分が縮んで、シミのようになってしまうこともあるくらいなんですよ。そのため絹の着物は自宅では「水」を使ったシミ抜きができません。
絹の着物のNGお手入れ
水洗いをする
濡れタオルを使う 等
ではどうしたら絹の着物のシミ抜きができるのか?こんな時に便利なのが「ベンジン」です。
ベンジンとは?
ベンジンは石油を精製して作られた溶剤です。揮発性が高くて、布地等についてもすぐに空気に飛んでしまうので、長時間布地を濡らしません。
ベンジンの特性
- 水を使わずシミ抜きができる
- 空気に飛び散るのが早い(早く乾く)
- 油性の汚れを溶かすのに比較的強い
上のような特徴を持っているため、ベンジンは絹の着物のシミ抜きにも使うことができます。
ベンジンは薬局やドラッグストア等で手軽に買うことができるのも魅力です。数百円程度で売っているものもありますが、大切な着物のお手入れに使う場合、品質の良いものを選ぶことをおすすめします。
絹の着物のシミ抜き方法
では実際に絹の着物をベンジンでどのようにシミ抜きするのか見てみましょう。
用意するもの
- ベンジン:シミ抜き用のもの(カイロ用・機械洗浄用等はNG)
- バスタオル:汚れて捨てても良いもの
- ガーゼまたは古い布:汚れて捨てても良いもの
- 和装ハンガー:着物に適した形のもの。物干し竿も利用できます。
※ベンジンは利用の際に気をつける点や、失敗するポイントがたくさんある危険性の高い物質です。下の「シミ抜きできる汚れの種類」や「「シミ抜きする時の注意点」もすべて読んでから作業に入りましょう。
絹の着物のシミ抜き手順
- バスタオルを敷いて、絹の着物を上に広げます。
- ガーゼまたは古い布にベンジンを染み込ませます。たっぷりと使うのがポイントです。
- シミが付いた部分をガーゼでトントンと軽く叩き、汚れを下に落としていきます。
- 汚れが溶けるとガーゼやタオルに付着するので、いつもキレイな面が着物に触れるようにガーゼを動かしていきます。
- 汚れが取れたら、もう一度ガーゼにベンジンを染み込ませて、濡れた部分の境目がわからなくなるようにぼかしていきます。襟等の小さいパーツのときは、襟全体にベンジンを塗り拡げてもOKです。
- 絹の着物を和装専用のハンガーにかけて、形を整え、乾かします。
※ベンジンの作業中は必ず窓を開けるか換気扇を回しましょう。密閉した空間での作業は厳禁です。
※ベンジンでの作業中はコンロ、ストーブ、ライター、マッチ等の火器類の使用は厳禁です。ベンジンは引火性があり、甚大な火災の原因となります。
※着物の染色方法等によっては、ベンジンで色落ちや色ハゲ・変色等が起きることがあります。必ず事前に目立たない場所でベンジンを使用してみて、変色が起きないかテストをしましょう。
自分でシミ抜きできる汚れの種類は?
ベンジンは家庭用の手軽なしみ抜き剤ですが、どんな汚れでもシミ抜きができるというわけではありません。絹の着物を自分でシミ抜きする場合、対応できるシミは次のようなものになります。
「油溶性」で「付いたばかり」の汚れに対応
石油生まれのベンジンが落とせるのは、絹の汚れに付いた「油溶性」の汚れです。
油溶性シミの例
- ファンデーションの汚れ
- 皮脂汚れ 等
また、絹の着物の汚れでベンジンが落とせるのは基本的に「付いてから間もない汚れ」となります。シミぬき等のお手入れは、シミを付けた当日または翌日以内に行うのが原則です。
「水溶性」「混合性」「不溶性」はNG
水を多く含む「水溶性の汚れ」や、水性と油性の汚れが交じる「混合性の汚れ」は、水をある程度使わないと落とし切るのが難しいです。そのため、ご家庭では絹の着物をシミ抜きすることができません。
水溶性のシミの例
- 汗の汚れ
- お茶の汚れ
- コーヒー、紅茶のシミ
- ワインのシミ
- 醤油のシミ 等
混合性のシミの例
- ドレッシングのシミ
- ラーメン等のスープのシミ 等
また、シミ汚れの中には水にも油にも溶けない「不溶性の汚れ」もあります。この種類の汚れも、ご家庭では落とすことができません。
不溶性の汚れの例
- マスカラの汚れ
- サビの汚れ
- ジェルインクボールペンの汚れ
- 墨汁の汚れ
- 泥はね 等
絹の着物に付いた汚れの種類が上のような「水溶性」「混合性」「不溶性」の場合には、無理にベンジンでお手入れをせず、早めに専門店に相談をしましょう。
また、シミの原因がよくわからない場合も同様です。「とりあえず」とベンジンを使ってしまうと、かえって汚れを広げてしまうパターンが少なくありません。
古いシミはベンジンでは落ちない
ベンジンで対応ができるのは、原則として付いたばかりのシミです。
【ベンジンでは落ちないシミ】
- 付いてから時間が経って乾いたシミ
- いつ付いたのかわからないシミ
- 後から浮いてきた油シミ
- 変色しているシミ 等
シミ・汚れは時間が経つほど繊維にピッタリとくっついて、取れない汚れになっていきます。ベンジンはあくまでもご家庭用の軽いシミ抜き剤であり、そのパワーはクリーニング屋が使う溶剤等とは比べ物にもなりません。
時間が経って取れにくくなった汚れをベンジンで無理に落とそうとすると、着物の布がダメになってしまうこともあります。
大きすぎるシミにも不向き
ベンジンは「洗って落とす」という洗剤とは異なり、「汚れを溶かして、他の布地に移す」という形で使うしみ抜き剤です。そのため、一度にたくさんの汚れを落とすことはできません。
あまり大きいシミ(汚れがたくさんついている状態)をベンジンで落とそうとすると、何度も何度も布を叩いたり、拭かなくてはならなくなります。こうすると着物の布が毛羽立ったり、布の色がハゲる可能性が高くなってしまいます。
絹の着物は特にデリケートです。ご家庭でシミ抜きできるシミの大きさは直径1センチ前後を目安とした方が良いでしょう。直径2センチを越えるシミは、早めに専門店にまかせた方が良いです。
絹の着物をシミ抜きする時の注意点
ゴシゴシ摩擦&やりすぎは厳禁!
ベンジンで無理に汚れを落とそうとゴシゴシこすったり、何度も何度もシミ抜きを繰り返すのはやめましょう。布地の表面が毛羽立ったり、布の色味がおかしくなる恐れがあります。
ベンジンのやりすぎで表面が毛羽立ってしまった場合、専門店でも着物を元に戻すことはできません。
輪ジミの失敗が多いので要注意!
絹の着物をベンジンでシミ抜きする時、汚れがきちんと落ちきっていなかったり、「ぼかし」の工程が十分ではないと「輪ジミ」が残ってしまいやすいです。
上でも解説しましたが、大きすぎるシミはベンジンには不向き。また汚れを取り終わった後には、きちんと輪郭をぼかすようにしましょう。
おわりに
ベンジンは絹の着物などのお手入れをする時に便利な存在です。着物をよく着る人だと、普段遣いにしている方が多いことでしょう。しかしその反面、着物初心者のシミ抜きによる失敗はとても多く見られます。
まずは長襦袢や普段着着物等で、ベンジンでのお手入れに慣れることが大切です。一張羅のフォーマル着物にいきなりベンジン!というのは、あまりおすすめができません。
ベンジンで失敗をして汚れを広げた場合、専門店でのシミ抜き料金が高くなるだけでなく、最悪の場合には着物が元に戻らなくなることもあります。「この着物は失敗できない」という時には、早めに専門店に相談した方が安心ですよ。