始めて
 ご利用の方へ

初めまして。着物を専門に取り扱うクリーニング店の「着物ケア診断士」の吉原と申します。着用時の染みや気づかないうちに酸化した保管中の変色シミなどのトラブルをお客様と一緒に考え、解決していきます。

これだけ着物を着る機会が少なくなったと言え、お宮詣り・七五三詣り、入園式、卒園式、入学式、卒業式。成人式、結婚式と人生の節目には着物姿で迎えます。桐のタンスに保管してあるからと安心しているのは危険です。着物は湿気が大敵です。普段から着物に接していないと着物の知識は薄れ、虫干しすることも忘れてしまうと着ていない着物でも生地が酸化して茶色シミになってしまうものです。

呉服に限らず洋服でも同じことは言えますが、高価な着物は簡単には購入できません。当店はお手持ちの着物を代々受け継いでいけるようにシミやサイズ直しを専門とする悉皆(しっかい)業務でお客様に喜ばれるよう日々、努力してまいります。

ふじぜん外観
ふじぜん店内

先ずはご相談から始めましょう。

着物の染み抜きやお直しをする場合、加工内容や料金は検討がつかないと思います。津市内にお住まいの方は近くて相談していただきやすいと思いますが、遠方にお住まいの方はお電話又はメールでご相談いただければ、無料にてアドバイスさせていただきます。クリーニングやお直し以外でも着物の事ならお気軽にご連絡ください。

クリーニング料金は各店違います。

特に値段が様々なのは丸洗いクリーニングです。通常の丸洗いクリーニングは油性の溶剤を使用し機械で洗いますので手間がかかりませんのでお値段の安い丸洗いクリーニング店も存在します。「丸洗い」は言葉のイメージとは違い油性汚れ以外は落とせていないことが多いのでご注意ください。

当店は一切、機械を使わず手洗いで作業をしますので生地や施してある箔・刺繍などを傷めることなく、安心できる方法を導入しています。

インターネットでの依頼は不安ではないでしょうか?

着物は高額で思い出深い大切なものですので、お近くに専門店があれば安心ですよね。しかしシミや汚れを見てもらったが、無理だと言われ諦めてしまう方が多いのです。元通りの状態は無理だとしても、着物を直す方法は沢山あります。その専門店に知識がどれだけあるのか、腕利きの職人がいるのかどうかによって着物の仕上がりは違います。

先ず相談していただければインターネットでの不安を解消できるはずです。想い出の大切な着物を喜んでいただけるように精一杯努力させていただきます。着物を宅配便で発送は不安だと思いますが、日本郵便、ヤマト運輸、佐川急便などトラブルはなく丁寧に届けていただけるので安心してご依頼ください。発送方法は紙袋又は段ボールで安心して送ることができます。

メモなどの必要はなく、当店は着物をお預かりすると、その日のうちにご連絡させていただきご意向をお聞かせいただきます。その後、生地の劣化やシミの状態を検査しご希望に沿ってお見積もりさせていただきます。ご予算内であれば作業の準備に入りますが、ご予算を超えたり加工作業の説明にご納得いかない場合は返品させていただきます。お客様より承諾がない限り加工に入ることはありませんのでご安心ください。

ご納得の上、見積書をお預かり伝票を郵送させていただきますので、支払方法や納期は記載しておりますので、着物が届くまで大切に保管していただきます。見積もり後は、料金が変わることはありませんので、ご安心ください。

洋服を取り扱う通常のクリーニング店や呉服店は近くにあるとは思います。面倒だとは思いますが、シミのある着物などを持ち込み、しっかりと作業内容などを納得するまで聞くことが大切です。説明に納得がいかなかったり、染みが取れないなど断られた場合には一度、当店にご相談ください。着物初心者の方にも分かりやすくご説明させていただきますのでご安心ください。

電話でのご相談は着物ケア診断士が一人での対応となりますので、お電話が繋がらない場合は再度おかけなおしください。尚、当店は裏地や半衿などの付属品は準備しておりますが、着物類の販売はしておりません。

プロフィール

ふじぜん店主 吉原ひとし

店主 吉原ひとし

昭和43年11月13日生まれ
呉服屋の後継ぎとして生まれ、親からしてみれば安心していたのだと思います。世間からは呉服屋のボンボンで羨ましがられる事が多かったのですが両親は忙しくて晩御飯を食べた記憶がほとんどなくお爺ちゃんに育てられたようなものだったのです。

両親は家業を継ぐものだと思っていたのだと思いますが、私は逆にこんな自営業の生活が嫌で後を継ぐことなんて思ってもいませんでした。自分も結婚して子供が産まれたら同じような生活はしたくなかったのです。でも高校の卒業が迫ってくると“自分の好きな事をすればいい”と言いながら親の期待を感じるようになってくる。

初めて真剣考える自分。ちょうどバブルの時代だったので就職は結構ありました。小さい時には寂しさはあったのですが普通より甘やかされて育てられたのも確かです。就職活動をしながら取引先の紹介で他の呉服店の見学に…。断る理由もなく自然とそのまま丁稚奉公となったのは忘れもしません。後から思えばみんなから期待と簡単に就職できたという私の甘えだったのでしょうね。

古いですがスポーツバック一つを持って岐阜県の柳ヶ瀬へ…。さすがに津市より繁華街。路面電車も走っているし人は多いし想像以上の場所でしたね。
修行に行った二日目には飛び込み営業開始!半月前まで学生だった私が営業なんて良くわかりませんよね。着物の知識はゼロ!喋り方も全くダメ!100%話は聞いてくれません。そんな日々が続き一ヶ月後にはノルマですよ。なんて言う業界なんだと思いましたが先輩に聞いてみると呉服屋の体質は古いので聞かなければ教えてくれない。見て覚えろ!なんですよ。正直、聞くことすら分かりませんでした。

4年も丁稚奉公をすると後輩もでき楽しくなってくるものです。着物の種類すら分からなかった私が生地質・染め・箔・刺繍などの施しや産地など覚えることができ県外へ奉公にだす事が理解できたのはその頃だったのです。必ず帰郷する丁稚奉公はお世話になった修業先からお客さんを実家のお客さんにしないこと。暗黙のルールだったのです。

丁稚も終え帰郷し田舎の小さい実家を継ぐこととなったのですが何かが違ったんです。帰れば突然、専務。取引先からは専務といわれ調子にのっていたのですが、自分の店の事を言うのも変なんですが自分のイメージしている呉服店とは程遠く親と喧嘩の毎日。少なからずお客さんには押し売りしているような感覚。何度も両親とは話し合いましたが父親とは意見が合わず仕事の拒否をしてしまいました。

四代目として期待されているのは分かっていたのですが、やりがいのないまま結婚。披露宴では新郎(私)より目立つ取引先の社長さんたち。派手な色の羽織袴で出席いただきました。みんなに祝福されもう一度スイッチを入れ直したのですが、やはり違う。家族会議を開いて自分のやりたい事をする為に親からの独立を決意!もう後戻りはできません。着物を販売する呉服店をやめこれまでに買っていただいた着物のクリーニングやお直しをする専門店として生まれかわりました。丁稚時代に勉強した事がやっと役に立つ。着物を作っている職人さんたちに協力していただき着物を知り尽くした技術で他店にはないお手入れ専門店として着物の事なら気軽に相談できる店になりました。

今となっては両親と自分の家族、修業先には感謝です。呉服店は何故か敷居が高い。当店は入りやすい、相談しやすい店を目指しお客様に喜んで頂けるように努力していきますので今後ともよろしくお願い致します。