お父様・お母様にとって、何より晴れやかなイベントとなるお嬢様のご結婚。でも初めての「結婚の準備=嫁入り支度」に、戸惑っている方も多いのではないでしょうか?「お嫁入り道具に着物は要るの?」「新しく着物を作ってあげようと思うけれど、嫁入り支度に必要な着物って、留袖?喪服?」「私の着物を譲るのではダメかしら…」ご結婚を控えたお嫁さんのご家庭からは、こんなご質問をよくいただきます。
今回は現代の嫁入り支度の事情や、嫁入り道具に選ばれることの多い着物の種類、お母様の着物をお譲りになる場合のチェックポイント等について解説していきましょう。
昔と今ではどう違う?嫁入り支度の移り変わり
昔は全ての着物を支度していた
かつての「お嫁入り支度」とは、嫁入りをする実家の両親が「お嫁さんに関わる全てのもの」を用意するというものでした。箪笥(タンス)、鏡台(今で言うとドレッサー)、お化粧道具、そして着物…これらのものは婚家が支度することなく、実家側が揃えてお嫁さんと一緒に送り出すものだったのです。
そのため嫁入り支度の着物とは、結婚後にお嫁さんが着るであろう「全ての着物」を想定して誂えるものでした。祝儀用の黒留袖や喪服はもちろん、ちょっとしたフォーマル服から普段着まで、全てをタンスに揃えて「嫁入り道具」としていたのですね。
昔は女の子が生まれるとこのような「嫁入り支度」のために、両親は娘が小さいときから「嫁入りの準備のため」のお金を貯めていました。「嫁入り支度で家が傾く」なんて言葉もあるほどです。現在でも、地域によっては婚礼家具や衣類を一式嫁側が揃える・家具や家電は全て女性側の負担とするといった風習が根付いているところもあります。
「嫁入り支度に着物」の文化が再燃
時代の移り変わりによって「結婚」という制度の考え方も徐々に変わり、現代では上記のような大掛かりな嫁入り支度を行うご家庭は少なくなっています。一時期には「嫁入り支度に着物は要らない」と考える人も多かったようです。
しかし近年では再度「嫁入り支度の着物」が注目され、娘さんが結婚される際に着物のご用意を考えるご家庭が増えています。
これには着物文化といった「和の文化」が見直される風潮や、「大人としてのマナーや品位」が再度問われるようになったことも影響をしているようです。特に最近では、入園式・入学式や七五三といったお子様に関わるイベントで、お着物を着用される方が増加しています。また結婚して家族・親族が増えると、親族や知人の結婚式・弔事といったイベントも増えるもの。このような時に毎回フォーマル服を準備するのは意外と手間ですよね。
とは言え、子育てをする時期になってから新しく着物を誂えるのは費用的にも大変。「それならば結婚前の準備期間に、長く着られる着物を支度しておいてあげたい…」娘さんの未来を思う親心は、いつの時代も変わらないものと言えるでしょう。
留袖?訪問着?嫁入り支度で準備する着物の種類
「嫁入り支度にお着物を」という文化は再度注目されているものの、かつてのように「タンスいっぱいの着物を誂える」というのは少々難しいところですね。現代の嫁入り支度では、みなさんはどのようなお着物を準備されているのでしょうか?
訪問着
嫁入り支度の着物として非常に人気が高いのが「訪問着」です。訪問着とは胸から裾にかけてひと続きに柄が入っている着物で。着物の格としては「略礼装(簡易的なフォーマル服)」にあたります。
●幅広い場面で着られるのが魅力
訪問着の良いところは、その使用用途が広いところにあります。ご友人や知人・遠い親戚等の結婚式や、お子さんのお宮参りや七五三等のお祝い事、またパーティーや改まった観劇の場などにも使用することが可能です。柄行や色味等に気を使えば、長く着物のおしゃれを楽しむことができます。
喪服着物(喪服セット)
昔から根強い指示を得ているのが「喪服着物」です。喪服着物は黒の無地で作られた着物。その他「喪用」の帯や草履等の小物類等と一緒に、「和装喪服セット」としてセット販売もされています。
●長く着られる安心感が魅力
お通夜やお葬式といった弔事は、突然に起こるもの。洋服の場合、体型の変化等で保管していた喪服が着られなくなり、事前に大慌て…といったケースもよく聞きますよね。でも着物であれば、出産等での体型の変化があっても着付けで対応することが可能です。長く着られ、いつ何があっても大丈夫という安心感が喪服着物を準備する大きな理由となっています。
色無地
色無地はその名の通り「柄を入れない着物」で、地紋のみであるのが特徴です。家紋を背中に一つ入れた色無地は「略礼装」となり、フォーマル服として使用できます。
●嫁入り支度の「もう一着」として人気
「訪問着一着だと、同じ着物ばかりになってしまうかも…」こんなお考えの時の「もう一着のフォーマル服」として、色無地は人気があります。また訪問着の場合ですと柄行によっては年齢を重ねると着づらくなることがありますが、色無地は長い期間着用できるのが魅力です。鈍色・藍色等の色無地を法事用等にお仕立てになる方もいらっしゃいます。
黒留袖
五つ紋の入った「黒留袖」はミセスが着る最も格の高い着物です。家族の結婚式といった最高ランクの慶事に使用します。
●地域によっては必須のことも
黒留袖は「母親が結婚式に着る着物」であるため、かつては「嫁入りをした娘に息子・娘が生まれ、その時の結婚式にも着られるように」といった願いも込められていました。また現在でも、「結婚式の服装は、家族・親族のミセスは全員黒留袖」といったルールが残っている地域もあります。ご結婚相手のお住いの地域によっては、お嫁入り支度の必須アイテムというわけですね。
【嫁入り支度にはフォーマルな着物を】
訪問着や喪服着物、色無地…これらの着物はいずれも「礼服」で、あらたまった場所に着て行ける着物です。反対に小袖(こそで)・紬(つむぎ)等の着物は、いくら高級な品物であっても着物の格としては「普段着」や「おしゃれ着(街着)」の扱い。洋服で言えば「Tシャツ」や「ジーンズ」「カジュアルなワンピース」といった感覚…というと、フォーマルな場に着られない服であることが伝わるでしょうか?
既にフォーマル向けのお着物をお持ちのお嬢様であれば、おしゃれ着としてのお着物を嫁入り支度としても良いでしょう。しかし「成人式のお振袖以外にはお着物は初めて」「あまり着物の種類に詳しくない」という方であれば、お嫁入りの支度には、準礼装・略礼装等の「礼装」として着られる格の着物を誂えることをおすすめします。
母親の着物を譲る「ママ着物」も人気に
洋服とは異なり、大切に扱えば何代も受け継いで着ることができる「着物」。「もったいない」の文化が見直されるようになった最近の日本では、お着物を新調するのではなく「母親から娘に着物を譲る」という形でのお嫁入り支度も人気となっています。
またご結婚にあたっては、嫁入り支度以外にも何かと費用がかかるもの。「お嫁入りする娘に着物を用意してあげたいけど、着物を新調するのはちょっと厳しい…」という方も少なくありません。「着物を新しく作るより、ママの着物をあげた方がオトク!」という方達からも、ママ着物を譲る文化が支持されているというわけです。
「柄行が若い人向けだから、私にはちょっと…」「もう何年も着ていないから、娘に着てもらった方がいい」そんな着物があったら、結婚されるお嬢様にお譲りになってみてはいかがでしょうか?
お母様とお嬢様で体格が違う時には?
「娘と私では身長が違うから、着物は譲れないかも…」と諦めていませんか?着物は洋服とは異なり、着付けでサイズ調整を行うことが可能です。またサイズ調整が難しい場合でも、「お直し」でお嬢様のサイズに合わせることができます。
●お母様とお嬢様の身長差が5センチ以内の時には?
お二人の身長差が5センチ以内の場合には、着付けの際の「おはしょり」で調整をすることができることがほとんどです。お直しの必要はほぼありません。
●お母様よりもお嬢様が5センチ以上小柄な場合には?
お着物をお召しになる方の身長が5センチ以上低いという場合でも、「丈(身丈)」についてはほとんどの場合には着付けで調整が可能です。ただ小柄な方が大きなお着物を身につけると、袖のバランスが長すぎることがあります。一度体に当てて「袖が長すぎる」ということであれば、袖の丈調整を専門業者に依頼してみましょう。また長襦袢もご一緒に譲られる場合には、襦袢の身丈調整を依頼します。
●お嬢様の方がお母様より5センチ以上長身の場合には?
5センチ以上背が高いお嬢様がお母様のお着物をお召しになると、着付けの際に帯部分に作成する「おはしょり」が作れなくなります。普段着向けのお着物の場合ですと「おはしょり無し」という着方もありますが、礼服の場合には少々見た目も悪く、着崩れもしやすいもの。
また裄丈(肩~手首)の長さが合わないことも多く、袖から手首がにょっきりと出てしまうことも。「小さい着物を無理して着ている」と見えてしまいます。この場合も業者にサイズ調整をお願いした方が良いでしょう。
着物は洋服とは異なり、縫込み部分を出して「サイズを大きくする(丈を長くする)」ことが可能です。身丈・裄丈を調整することで、お母様のお着物もお嬢様に誂えたかのようにピッタリとしたサイズにすることができます。
【長襦袢のサイズ調整もお忘れなく】
お母様からお嬢様に着物を譲る際にサイズ調整を行う時には、ご一緒に「長襦袢」の調整も依頼しましょう。長襦袢(ながじゅばん)とは着物の内側に着るインナーのようなもの。袖や裾からチラリと見えるインナーなので、着物と身丈・袖丈が合わないと不自然な着付けになってしまいます。
家紋が違う時には「入れ替え」をしましょう
お嫁入りされるお嬢様に着物を譲る時、気になるのが「家紋」の問題ですね。近畿より西の関西地方の場合、母から娘へ、娘から孫娘へと受け継いでいく「女紋」という家紋を取り入れる地方があります。この場合ですとお母様も娘様も家紋は同じですから、「家紋が違う」という問題を気にすることはありません。
しかし女紋が無い地方の場合、お嫁さんの着物に入れる家紋は概ね「娘さんのご実家の家紋(お父様のお家の家紋)」ということになります。お母様のお着物に入っているのは「お母様のご実家の家紋(娘さんにとっては母方のお祖父様の家紋)」ですから、「家紋が合わない」ということになってしまうわけです。
ではお母様の着物はもう着られない…?そんなことはありません!家紋を「入れ替える」ことで、きちんとご実家の家紋が入った礼服を支度することができるのです。
●フォーマルな礼服には「抜き紋」を
家紋が異なる着物については、ワッペンやアップリケのように上から家紋部分を縫い付ける(または貼り付ける)「貼り紋」をする対策もあります。しかし「貼り紋」は家紋の中でも格が下がる技法で、結婚式や式典等にお召しになるフォーマル服にはあまり向いていません。特にシール式の張り付け紋等で家紋入れ替えを済ませてしまうと、せっかくのお着物が「借り着」のように見えてしまうこともあります。
大切な式典等にもお召しになる予定のお着物であれば、家紋を染め替える(描き替える)「抜き紋」を専門業者にご依頼になった方が良いでしょう。家紋の入れ替え料金は業者や着物の種類によっても異なりますが、概ね10,000円台~20,000円台となっています。新しくお着物を誂えるのに比べれば、かなりオトクな料金でお嫁入り支度ができますね。
おわりに
嫁入り支度のお着物についての情報はいかがでしたか?嫁入り支度のお着物は、新しいものでもお母様のものでも、サイズと家紋がきちんと合っていれば「婚礼後のミセスの着物」として活躍してくれます。着物は体型変化等にも着付け調整で対応しやすいですから、婚礼後のお嬢様の人生と共に歩む「フォーマル服」として、末永くお召しいただけることでしょう。「結婚」という大切な門出を、素敵な嫁入り着物とともに気持ちよく迎えたいですね。