着物に付いてしまう汚れの中には、ボールペンやインクのシミもありますね。着物のボールペンやインクのシミについて様々な対処法や落とし方がネット上にも散見されていますが、はたして正解なのでしょうか?
「着物にボールペンでちょっと書いてしまった」「万年筆のインクシミがある」といった時の参考にしてみてくださいね。
目次
着物のボールペン・インクシミにベンジンは効果ある?
着物についたボールペンやインクの汚れをご家庭の「ベンジン」で落とすのは、残念ながら非常に難しいです。厳しい言い方をすれば「できない」と考えた方が良いでしょう。これには2つの理由があります。
ベンジンでは顔料を分解できない
ボールペンやインクのシミは、原料にもよりますが、大きく分けて「油溶性」の性質を持つものと「不溶性」の性質を持つものがあります。
不溶性の性質のものは、炭素など顔料(細かな砂のようなものです)を原料にしています。これは水にも油にも溶けることがないので、揮発油であるベンジンにももちろん、溶けません。着物にボールペンやインクのシミをつけて、その製品まで特定できるケースは稀です。高確率で顔料配合のインクに当たる可能性があることを考えると、ベンジンは無効ということになります。
色素が多く広がってしまう
インク原料が完全に油溶性のものだった場合、ベンジンならシミが落ちるのか?というと、これも難しい、できないと言わざるをえません。というのも、ボールペンや万年筆のインクは「色素(色汚れのモトですね)」がとても多いんですよね。ご家庭用のベンジンでは歯が立たず、多少は溶けても「汚れがどんどんボヤケて広がっていく」という結果になる可能性が非常に高いです。
着物の皮脂汚れ対策などには昔から使われてきているベンジンですが、万能というわけではありません。
着物のボールペンシミはアルコールで落ちる?
着物についたボールペンやインクのシミに精製アルコールが効くのか?これについても、残念ながら「汚れが溶ける可能性はあるけれど、完全に汚れを落とすのは難しい」と考えた方が良いです。
基本的な理由は上の「ベンジン」と同様で、色素が多すぎて取り切れず、どんどん汚れの輪が広がってしまう可能性が高いためです。またアルコール使用の場合、着物では次のようなリスクが高いため、やはりご家庭でのお手入れをあまりおすすめできないところがあります。
変質のリスクが高い
例えばご家庭で水洗いができるようなウォッシャブル着物、木綿着物等であっても、アルコール使用への耐性は確約できません。使用した部分にのみ繊維に何らかの変質が起こり(例えば縮んでゴワゴワになるようなものも変質です)、もとに戻らなくなる可能性があります。
変色・色にじみが起きる可能性あり
最も怖いのが変色や色にじみが起きてしまう可能性です。染料の種類によっては、アルコールによって地色や柄が変色したり、部分的な色にじみが起きるリスクは否定できません。たとえインクのシミが目立たなくなっても、部分的な変色が起きてしまえばそちらが目立つことになってしまいます。
着物のボールペンやインク汚れはクリーニングで落ちる?
では着物のボールペンやインク汚れはクリーニングに持ち込めば落ちるのか?というと、必ずしもそうとは限りません。お店選びやメニュー選びをきちんと行うことが大切です。
「丸洗い」ではインク汚れは落ちない
着物のクリーニングの中で一番ベーシックなものは「丸洗い」といって、溶剤を使って機械で全体を洗浄する方法になります。しかしこの方法だと、着物についたボールペンやインクのシミは、まずキレイに落ちません。
「クリーニングすれば落ちる」と思って洋服系クリーニングに着物を持ち込み、シミについての相談をせずに「丸洗い」だけされてシミが落ちずに帰ってきた…こんなケースも珍しくないようです。また最近では「着物専門クリーニング店です!」と宣伝しておきながら、実は丸洗いしかできない、というお店の存在も(残念なことですが)増えています。こういうお店にインクシミのついた着物を持ち込んでも、問題は解決しません。
着物専門の「シミ抜き」で対応
着物についたボールペンやインクのシミを落とすには、着物専門のシミ抜き職人さんに対処してもらうことになります。着物を専門に扱うクリーニング店で、なおかつシミ抜きができることを明記しているお店を選ぶことが大切です。
なお、シミの範囲が非常に広い場合や、インクの種類によっては、シミ抜きだけでは対処ができず、一度着物をほどいて「洗い張り」をするといった対処が必要となることもあります。様々な対処ができるお店を選んでおくと良いですね。
「染色補正」でカバーできるケースも
着物についたボールペンやインクシミの場合、時間が経ってしまうと完全に布がインクで染まっていることも。汚れの除去だけでなく、漂白等を組み合わせていく必要が出てきます。しかし着物の素材や状態によっては、強い漂白に耐えられず、着物が傷んでしまう可能性も考えられます。
このような場合、着物についたボールペンやインクシミを目立たなくする対処法として「染色補正」という方法が残されています。染色補正とは、部分的な染め替え(染め直し)のこと。例えば一部に柄を描き足したり、地色を濃く染めたり、箔を散らすといった方法で、シミをカバーしていくのです。
「これはもう着られないかも」と思われていたインクシミ付きの着物でも、染色補正等を織り交ぜた対処法を行えば美しく蘇るケースが多々あります。諦めてしまう前に、染色補正などの対処のできる専門的なお店に相談をしてみてほしいところです。
自己処理に失敗するとシミ抜き料金が高くなるってホント?
汚れの範囲が広がってしまうと、シミ抜き料金がそれだけ高額になる可能性は大きいです。ムリに自己処理せず、シミ範囲が小さいうちにプロにお任せすることをおすすめします。
シミが大きくなると高くなる
着物のシミ抜きは、大体のお店で「シミの大きさ」や「シミの古さ(落としにくさ)」で段階的に料金が変動するようになっています。シミ抜きは職人さんが手作業で行いますから、例えば直径5ミリのシミを取るより、2センチに広がっているシミを取る方が時間も手間もかかりますよね。そのため、大きなシミの方が「シミ取り料金」が高くなりやすいわけです。
自己処理だとシミが広がりやすい
上でも少し解説しましたが、「なんとか汚れを落とそう!」とベンジン等でシミ抜きに挑戦した結果、色汚れがどんどん広がってしまうというケースも多く見られます。手軽な料金でキレイにできたはずのシミでも、手のひらほどにも広がってしまえば、どうしても高額になってしまいがちです。
「インクシミは数あるシミの中でも特に落ちにくいシミ」と考え、ムリな自己処理を避けて、早い段階でプロに任せてもらうのが早道と言えます。
おわりに
今回は着物のボールペンの汚れ、インクのシミについて、よくあるご質問を解説しました。「自己処理はムリなのでクリーニング屋に持ってきてください」というと、「クリーニング屋が儲けたいからシミ抜きの方法を教えないのだ」と考える人も大勢居ます。
しかし「ボールペンやインクのシミは本当に落としにくいんだよ!」というのは、着物クリーニング屋の正直な意見なのです。現在ではより高機能で発色が良く、乾きやすく、裏写りのしない「使いやすいボールペン」が販売されるようになりました。それは裏返すと「着物のシミになったら取れないボールペン」が増えている、ということでもあります。難しいところですよね。
ちなみに着物についたボールペンのシミやインクのシミは、時間が経てば経つほど専門店でも汚れを落としにくくなっていきます。「シミが付いた」と気づいたらできるだけ早くご相談をいただけると、リーズナブルな価格で良い結果を手に入れやすいですよ。
もちろん古いシミについてのご相談も受け付けています。できる限りの対処法をご案内しますので、諦める前にお気軽にご相談ください!