着物ハンガー(和装ハンガー)は、着物のお手入れに欠かせない道具のひとつです。ここでは着物ハンガーについて、概要や用途、必要性、選び方、DIY(自作)がOKかどうかなど、よくあるご質問をプロが詳しく解説していきます。
目次
着物ハンガーとは?どんな時に使いますか?
着物ハンガーとは、着物や長襦袢をかけるために使う和装専用のハンガーです。まっすぐな形の棒の中央部に、欄間などにかけるための金具がついています。着物の着用前後などに着物を陰干ししたり、着物の洗濯後に乾燥させる時などに使います。
着物ハンガーの別名は「衣紋掛け」
着物ハンガーというと最近できたアイテムのように聞こえますが、実ははるか昔から使われてきたアイテムです。日本では古来より着物を「衣紋掛け(えもんかけ)」に掛けて干すという扱い方をしてきました。和装する上では欠かせない道具だったのです。
しかし最近では衣紋掛け(えもんかけ)という言葉もあまり使われなくなり、お客さまにわかりやすく伝わる「着物ハンガー(和装ハンガー)」と言う名称が定着するようになりました。和装ブームが来て、ご自宅で着物のお手入れをする人が増えてから、着物ハンガーの注目度が再び高まっています。
着物ハンガーの用途
着物ハンガーは主に「乾燥」や「皺伸ばし」のために用います。具体的には次のような時に使う道具です。
着用前後のシワ伸ばし・陰干しに
着物(特に礼装用着物など)は、着用前に早めにタンスから出して「陰干し(かげぼし)」をします。空気に晒して繊維の中にこもっている空気を入れ替え、臭い対策をしたり、畳みシワを軽減するためです。また、着用後にも、いきなり着物をたたんでタンスにしまってはいけません。着物ハンガーにかけて陰干しをして、汗などの水分(湿気)をしっかり飛ばします。
年に数回の虫干しに
湿度の高い日本では、着物の保管中にも衣類の中に湿気が溜まります。この「湿気」がが虫害(虫食い)やカビなど、着物の大きなトラブルの原因になりやすいのです。そのため着物は、着ていない場合でも年に数回タンスから出して干す「虫干し(むしぼし)」を行います。この時にも着物ハンガーを使うわけですね。
ご自宅での洗濯・お手入れ後の乾燥時に
最近では、家で気軽にお洗濯ができるウォッシャブル着物が増えました。また製品によってですが、長襦袢をご自宅で洗濯する方も多いですね。このような着物や長襦袢のお洗濯後の自然乾燥時にも、着物ハンガーが使われます。
着物ハンガーは必要?洋服用ではダメ?
完全に普段着用の着物以外は、「着物ハンガーは必要だ」と考えます。洋服用ハンガーでは型崩れや無用なシワが起きるリスクが高く、また風通しが不十分なことによる保管中のトラブルが起きやすいです。特に振袖・留袖・喪服着物・訪問着など、礼装用(フォーマル)の着物、伝統工芸品などの高級着物、また着物をご自宅で洗濯する場合には、着物ハンガーの使用を強くおすすめします。
専用ハンガーが型崩れや無要なシワを防ぐ
洋服用ハンガーと着物用ハンガーでは、形がまったく違います。着物用ハンガーは直線的な棒のような形をしており、これが平面的に縫われている着物にピッタリの形となっています。洋服用ハンガーに着物をかけ続けると、衿・肩などに不要な重力がかかって型崩れを起こしたり、袖部分が伸ばせないため、不用なシワがついてしまいやすいです。
「着物ハンガー不要」と言う人もいるけれど?
YouTuberやインフルエンサーの中には、「着物ハンガーは要らない」と提唱する方もいらっしゃるようです。これを間違いだ!と断定することはありません。しかし「着物にとても慣れた方のご意見で、着物初心者には正直言って難しいですよ」と言わざるを得ません。
着物に慣れた方なら、どの着物が普段着向けでどの着物が多少型崩れをしても構わないカジュアルなものか、すぐに判断がつくことでしょう。着物を毎日のように着る人なら、着物を上手に掛けますし、長くハンガーに掛け続けることもないですよね。上級者はリスクを判断できている、と言うことです。
でもまったくの着物初心者の方がこの意見を信じて「洋服ハンガーでも大丈夫なんだ!」と、高級な振袖を針金ハンガーに適当に掛けたらどうなるでしょうか?肩の部分が重みで左右不均等に型崩れをしたり、袖に謎の方向にシワがたっぷりと付いてしまったら、ご家庭では対処ができません。また型崩れや縫い目の歪みの状態によっては、専門店のプレスでも元に戻せないような甚大なトラブルとなるケースもあるのです。気軽に「ハンガー不要」と言うのはあまりに無責任ではないでしょうか。
フォーマル着物には型崩れ防止に着物ハンガーを
洋服でも、ジャケットやコートなどには肩の丸みがきちんと維持できるような厚みのあるハンガーを使いますよね。これと同じで、着物には着物の形を崩さないためのハンガーが必要になります。特にお持ちの着物が礼装用(フォーマル用)のものであったり、高級品であるならば、どんな安物でも代用品でも良いので着物ハンガーをご利用いただきたいところです。万一にも型崩れや不可思議なシワができてしまったら、それを直すための対処の方がハンガーの価格よりも高くなるからです。
洗濯後に使用する場合も着物ハンガーの用意を
ご自宅で着物や長襦袢をお洗濯すると言う場合にも、ぜひ着物ハンガーを使いましょう!濡れた着物や長襦袢は水分を吸って重くなっているので、通常より早く型崩れが起きやすいです。
物干しを着物ハンガーの代用にして良い?
物干しを着物ハンガーの代用にしても大丈夫です!ただし「裾の長さに対応できるかどうか」と「直射日光」については、十分に注意するようにしましょう。
裾を引き摺らないように
物干しの高さ、着物の種類によっては、裾の部分の高さが足りず、弛んだり皺になったりすることがあります。二本の物干しを使うなど、裾を引き摺らせないことが大切です。
直射日光での日焼け褪色に注意
屋外の物干しに着物をかける場合、直射日光にあたることが無いよう、時間帯や天候には注意しましょう。天然染色やデリケートな加工を施した着物や、短い時間に太陽の光にあたっただけでも日焼けして、色が褪せる(色が薄くなったように変わってしまう)ことがあります。一度色褪せしたら、染め直さないと元に戻せません!十分に注意してくださいね。
着物ハンガーの選び方は?
和装ハンガー 伸縮式 帯掛け付 日本製 E-K 2本組セット
特に高級な着物ハンガーを選ぶ必要はありませんが、購入時には次のような点を確認しましょう。
1)扱いやすいのは「伸縮タイプ」
着物ハンガーにはいくつかのタイプがありますが、伸縮式のタイプだと着物の袖の長さに合わせやすく、扱いがしやすいです。また使わない時に短くできるので、クローゼットなどでの保管が楽という利点もあります。
2)着物ハンガーの長さは十分?
どのタイプを選ぶにしても、「最長に設定した時の長さ」はよく確認しましょう。袖にシワを作らないように着物を干すには、裄丈(首の根本から手首までの長さ)を2倍にした長さが必要です。現在は男女ともに腕が長い方が増えたことで、昔よりも裄丈がある着物が増加しています。古道具などで扱っている昔のタイプの衣紋掛け(着物ハンガー)や、コンパクト設計のタイプだと、長さが足りないケースが見られます。特に背が高い方、腕が長い肩は、着物ハンガーの長さを十分に確認してください。
3)ひっかりやすい材質が混じってませんか?
例えばインテリアショップ等の製品の中には、デザイン性重視で安価な植物性素材を使用した結果、わずかに凸凹があったり、引っ掛かりができやすい素材を選んでいるものが見られます。着物を引っ掛けて傷を作ってしまっては大変なので、このような製品は避けた方が良いですね。
4)旅先用とご自宅用は使い分けを
「旅行用」「携帯用」の着物ハンガーは、折り畳みなどで超コンパクトになったり、軽量化されているのが利点です。ただあくまでも短時間の使用を目的としているので、長さが微妙に足りなかったり、重さに弱い傾向が見られます。定期的に使うのであれば、自宅用と旅行用は使い分けることをおすすめします。
5)洗濯後の使用には防水素材を
着物や長襦袢をご自宅で洗う場合には、アクリル・プラスチックなどの防水素材又は防水加工がされている製品を選びましょう。
6)よく使う方・高級着物は耐荷重をチェック!
あまり軽い素材の着物ハンガーだと「着物の重さ」で形が歪みます。着物ハンガーの耐荷重をできれば確認したいところです。特に頻繁に着物を使う方、振袖を干す場合などには、ポリカーボネート製など、重さに強い素材を選ぶことをおすすめします。
着物ハンガーは自作・DIYでも大丈夫?
着物ハンガーは自作でもDIYでも大丈夫です!ホームセンターや100円均一で買った材料で着物ハンガーを自作する人も増えています。例えばインテリア用の「突っ張り棒」などを工夫して着物ハンガーにする方も多いようです。なお、着物ハンガーを自作する場合、次のような点には十分に注意しましょう。
1)洗濯用には耐水できる素材を選ぶ
着物ハンガーをご利用になる用途は、陰干用ですか?それとも洗濯後の自然乾燥用ですか?洗濯後の自然乾燥に着物ハンガーを使う場合、水に強い素材(アクリルなど)又は防水加工がされている素材を選びましょう。
2)細すぎ・軽すぎの棒には要注意
自作着物ハンガーでも、重さ対策には注意してください。素材の安さにこだわるあまり、「細い突っ張り棒を選んだら曲がってしまった」「折れてしまった」といったケースも見られています。着物の素材や仕立てにもよりますが、フォーマル向けの着物は平均して1?1.2キロ以上の重みはあります。また、形状によっては帯やその他の小物を一緒にかける方もいらっしゃいますよね。
さらに濡らしたウォッシャブル着物を干す場合、その重みは数キロを越します。(しわ予防のため、ウォッシャブル着物はあまり強く絞ることができないのです)用途にあった重さに十分に耐えられる太さ・素材を選びましょう。
3)セルフペイントは避けた方が無難
自作の着物ハンガーについては、セルフペイントは避けることを強くおすすめします。見た目重視でペンキなどでセルフペイントした結果、摩擦、日光による熱などで「ハンガーの塗料が着物に付着する」というリスクがあるためです。自作ハンガーなどに使う塗料は不溶性で非常に粘着力の強いものです。一度ついてしまうと専門店でも落とせないケースが多々あります。
着物ハンガーは一枚につき一本必要ですか?
着物ハンガーは、まずは着物向けに一枚、長襦袢向けにもう一枚あるのが理想的です。それ以上に何本も用意する必要はありません。ただ、たくさん着物をお持ちになった場合、着物ハンガーを数本用意した方が「まとめて虫干し」ができるので便利です。
重ね掛けはできるだけ避ける
特に着用後の陰干しでは、長襦袢と着物をまとめて「重ねがけ」をするのはできるだけ避けてほしいところです。着物や襦袢を何枚も重ねて掛けると、それだけ空気の通りが悪くなります。湿気を十分に飛ばせないままで保管するため、カビや虫害、汗による変色といったトラブルが起きやすくなるのです。
帯は洋服用ハンガーでもOK
帯は着物とまとめて掛けておくより、洋服用のハンガーで構わないので別干しにすることをおすすめします。なお帯もかなり重みがあるので、針金ハンガーのような弱いハンガーにかけるのはNG。重みでハンガーの横棒が曲がって、帯が皺になってしまいます。
少しずつ着物ハンガーを増やすと便利
着物をよく着るようになると、例えば「今日着た着物は陰干したい」「明日着る着物を出して干しておきたい」といったように、着物ハンガーの登場回数が増えていきます。着物の枚数というより着用頻度に合わせて、少しずつ着物ハンガーを増やしていくのがおすすめです。お持ちの着物の枚数にもよりますが、2~3本程度あると使いまわしがしやすいですよ。
着物ハンガーに着物をかけっぱなしにして良い?
着物ハンガーに着物を長時間かけたり、着物ハンガーで長期保管をすることはできません。着物ハンガーは「陰干し」や「シワ伸ばし」などのお手入れに使うためのもので、着物の保管のための道具では無いのです。また洋服とは違って、着物は「ハンガーにかけて保管」をすると傷んでしまいます。
部屋干しでも日焼けします!
着物を専用ハンガーにかけて、何日もずっと干しっぱなしにしていませんか?お部屋の中にも、窓ガラスを通して紫外線は入り込んでいます。カーテンを開けた部屋に着物をかけていれば、少しずつ日焼けをして着物が褪色(色あせ)してしまうのです。陰干しを済ませた着物は、すみやかに畳んでタンスにしまいましょう。
ハンガーにかけての保管はNG
着物をハンガーにかけて(縦にした状態で)保管するのは厳禁です。例えば畳んだ状態で、棒に着物をかけて保存するのも良くありません。着物の重みで棒にかかっている部分に余分な皺ができたり、荷重部分にスレや傷みが生じることがあります。着物は縦に置いている時間(何かに掛けている時間)が長いほど、ダメージを蓄積していくと考えた方が良いです。
おわりに
今回は着物ハンガーについて、選び方や注意点などのよくある疑問を解説しました。あくまでも極端な例ですが「安価なポリエステルの普段着用の着物をちょっと掛けておく」といった程度なら、洋服ハンガーでの代用も可能ではあります。しかしこのような情報を安易に取り入れた結果、「振袖や訪問着を出して針金ハンガーにかけたら、肩周りにヘンなアトがついて取れません」といったトラブルが起きることもあるのです。
不適格な干し方でできた軽いシワなどであれば専門店のプレスで取ることもできます。しかし、長期間も洋服ハンガーにかけっぱなしで縫い目まで歪むようなトラブルが起きてしまった場合だと、着物を解くような大掛かりな対処が必要となってしまうことも。やはり当店としては「着物ハンガーを使いましょう!」とお願いしていくのが、皆様の着物を守る結果に繋がると考えます。安価なもの、自作品などでもOKです。ぜひ着物のお手入れのファーストステップとして、着物ハンガーをご用意くださいませ。
また、当店『着物ふじぜん』は、着物クリーニング・リペアの専門店として、ハンガー保管などによる着物トラブルについてもご相談を受け付けております。その他、着物でお困りのことがありましたら、お気軽にお声をお寄せください!